ココロノトモのブログ

傍聴した裁判から学んだ事、考えた事をまとめています

子供を持った責任は死ぬまで続くがその責任で問題が解決される訳ではない

被告の情状証人で親が出廷することはよくある。

被告が中年以上だと、当然親は高齢だ。

 

子供を持つ責任は重いが、子供が成人した後も自分が死ぬまでは責任がつきまとうのだと改めて感じる。

 

涙ながらに

「なぜこんなことになってしまったのだろう・・・」

「私の育て方が悪かったのか・・・」

と訴える母親を見ることもあるが、一方、他人事のように話す親も多い。

 

まだ情状証人として出廷してくれるだけ親としての任務を果たそうとしているのであって、再犯を繰り返している被告は特に家族も見放しているようで出廷も傍聴もしない親も多い。

 

情状証人で出廷しているにもかかわらず、事件のことについて被告と話あったこともないし、これからどう被告をサポートしていくかも具体的な案がないといった具合だ。

 

普段からお互いのことを詳しく話している親子の方が少ないと思うし、普段の生活で何か困ったことが起きた場合、親に相談するかというと親以外の人間関係で解決する人の方が多いかと思う。親も「自分は親なのだから何とか責任を果たさないと」と思うけれど、実態は親子で分かりあって心が通じて元々ある問題が解決していくわけではない、そしてまた再犯となる、そんなループが見える。

 

親の側も親なりに責任を果たそうとしているが 、被告もその時は親に悪いと思いながらも日常生活に戻っても結果再犯に走るのを何度も見た。

 

まわりに迷惑をかけて申し訳ないという被告の気持ちや、親の何とか子供を更生させなければという気持ちだけでは本来の問題が解決するわけではないのだ。