裁判傍聴から人生を学ぶココロノトモのブログ

傍聴した裁判から学んだ事、考えた事をまとめています

ストーカーから私たちが学ぶこと

またストーカーから凄惨な事件が発生した。

 

今回博多で起きたストーカー事件も加害者と被害者の関係性は元交際相手。

警視庁のこのデータからも、ストーカー加害者の半数が元を含む交際相手だ。

 

www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp

 

大きな事件に発展する前の出来事が事細かに報道されることは少ないけれど、ストーカーから発展した事件は多くの場合、事前に被害者は事前に警察に相談しにいっている。

 

そのため、ストーカーは警察から警告や禁止命令を受けたりして、被害者から自分の行為が拒絶されていることを知らされるタイミングは何度かある。

 

にもかかわらず、ストーカーは相手が自分を拒絶していることを認めることができず、自分の要求を押し通し、異常なまでの執着をする。

 

ストーカーは、相手が自分の思い通りに動くことに執着している。

 

相手が警察に助けを求めた時点でその希望は叶えられないことは明白だ。はたから見たらわかるけれど、手を変え品を変え相手が自分の思い通りに動くことへのこだわりをさらに強くし、場合によっては悲惨な結末となる。

 

ただ、執着はこのようなストーカーのみが持つ特別な習性ではない。誰でも何かに執着している。執着は本人が何に執着しているか気付かずに苦しんでしまうやっかいなものだ。

 

自分が苦しい時は、本質的でない部分に執着している可能性が高い。

 

自分が何に執着しているのか、その執着の先の本質の自分の欲しいもの、必要なものを見出し、また別のアプローチで試行錯誤し、自分の幸せに近づいていくことが大切である。

 

これらが変えられないもの、本質でないものに執着しているストーカーから学んだことだ。