ココロノトモのブログ

傍聴した裁判から学んだ事、考えた事をまとめています

他人を裁く行為のメカニズム

テレビをつければ、コメンテーターが毎日誰かを裁きネットでも無名なブログにさえも裁きまくっている人がいる。

「不謹慎な人には自分が制裁を加えなければ」というその人なりの正義感、また制裁を加えることによって憂さ晴らしになるから行動して
いることまでは理解できる。

ただ、なぜそこまでの労力を使って多くの人がそのような行為をしているのかと疑問に思っていたが、この記事を読んで少し納得。

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制裁を加える行為はドーパミンが分泌されるが、制裁を加えた人個人的には労力と仕返しのリスクがあり、得られる物としては脳内に分泌されるドーパミンのみ。

一番得するのは制裁を加えた人を除く労力も仕返しのリスクもない集団構成員。

集団において不謹慎な人は排除されなければならず、不謹慎な人の為に集団のルールを逸脱した状態にならないようにするために叩く人が必要。

なぜドーパミンが分泌されるメカニズムなのかというと、誰かを叩く行為というのは、本質的にはその集団を守ろうとする行動だという解説。


なるほど、実際に行動に移すかどうかは別にして、誰かをたたくという行為はメカニズムとして自然な流れということ。しかもネットで匿名で叩く分には仕返しのリスクもないし、通信コストがほとんどないとなれば、リスクの部分が随分少なくなり、リターンであるドーパミンの快感をより簡単に得ることができるということだ。

こう冷静に考えると、単に叩いている人を見聞きし嫌な気分になっているところから心を離すことが出来そうだ。

そして、自分で意識しないうちに誰かを叩いているかもしれないという意識を自分で持っておく必要がある。
ネットで叩くことは本来のリスクの負担が軽くなるため、必要以上に自分の正義をふりかざしやすくもなる。

人を叩くという行為は、ネットが身近なものとなった今どきの行為ではなく、人の脳は元々このように出来ているというのは驚きでもあった。