裁判傍聴から人生を学ぶココロノトモのブログ

傍聴した裁判から学んだ事、考えた事をまとめています

愛知県 ファミリーシップ宣誓制度の本音と建て前

愛知県でファミリーシップ宣誓制度申請の受付が始まった。

www3.nhk.or.jp

 

愛知県は性別を問わず法的な婚姻関係を結んでいないすべてのカップルや生活をともにする子どもなどに対し、婚姻関係にある家族と同じような行政サービスを受けられるよう導入する「ファミリーシップ宣誓制度」について、19日から申請の受け付けを始めます。

 

愛知県の「ファミリーシップ宣誓制度」の対象は、同性・異性を問わずいずれかが県内に住む全てのカップルで、宣誓をすることで県営住宅への入居や県立病院における手術の同意などができるようになるとのこと。

 

大村愛知県知事も、多様性を認め合う、人権尊重の社会作りに一歩を記すことができると。一つのきっかけにもしたいと思っております」などと会見し、深く考えずにニュースを見ているだけだと多様性が認められそうな明るい未来をイメージしてしまいそうな感覚に陥る。

 

だが、実際にファミリーシップ宣誓制度を申請するとどんな行政サービスが利用できるようになるのか見てみた。

 

・住民票の続柄を「縁故者」に変更  

 

・犯罪被害者等支援 

 

・高齢者世帯に対する市営住宅のあっせん(福祉向住宅募集)

 

・シルバーハウジング入居あっせん

 

・障害者世帯に対する市営住宅のあっせん(福祉向住宅募集)

 

・家族介護慰労金

 

・災害見舞金(要綱)

 

・補助付き住宅確保要配慮者専用賃貸住宅への入居

 

・特定優良賃貸住宅への入居 

 

・高齢者向け優良賃貸住宅への入居

 

市営住宅・定住促進住宅への入居  

 

・市公社賃貸住宅への入居 

 

・ファミリーバス定期サービス  

 

・入院や手術の際の手続きが出来る(3つの病院のみ)

 

内容を見て、この制度の本音が分かった。

この制度の導入時には人権問題の専門家が推進委員となり進めたようで、表向きは「人権・多様性を尊重する制度を導入する先進的な県」をアピールしているが、実情は、今後も確実に増えていく独居老人にかかる財政や人的リソースを、相互扶助で削減するための制度だった。扶養控除や税優遇など政府側からすればかかるコストも、このファミリーシップ制度ならかからない。

 

ファミリーシップ制度は、利用者側からすれば第三者にパートナーとの関係性を登録しておけることは大きな意味があるものの、政府側からすれば税制上様々な優遇をしている法律婚と比較し、ほぼ費用をかけずに相互扶助を促す制度だった。

 

制度や法律には本音と建て前がある。

個人の幸せと全体のために出来た制度やルールは別物だ。法律や所属するグループのルールの意図を読み解き、自分の幸せと重なる部分がどこなのかは意識し、重なる部分を大いに利用してしたたかに生きることが大切だ。

他人を恐怖で洗脳した罪をもっと重く見る必要があると思う

先日、児童の母親と母親の元同級生が被告となり、児童に対し長時間正座を強要したり暴行をしたりした強要・暴行の罪を問われる裁判を傍聴した。

 

被害者児童の母を被告A、被告Aの元同級生を被告Bとしよう。

 

被告Aは実家や姉との関係は良好で、本人の様子や公判から知りうる内容からも犯罪と縁がある要素がるように見受けられなかったが、被告Aが元同級生の被告Bと再会したことがことの始まりだった。

 

被告Aは、夫との関係悪化のため夫とは別居しておりそこに被告Bが支配を強めていく。被告Bは、被告Aの娘を脅したり、説教、夜通し正座をさせたり、学校へ行かせないことや食事を抜く虐待を主導していく。

 

被告Bは被告Aが思い通りに行動しないと、説教をしたり罰を加えたり、自殺をほのめかしたり、架空の人物を仕立て上げ、その人物も使いながら被告Aを思いのままに操縦していた。

結果的に、被告Aは娘に馬乗りになり暴力を加える虐待も行うことになる。

 

実際に、被害者は小学生にもかかわらず数か月で体重が3kg減り、長時間の正座により足にケガも負っていた。

 

この事件の根源は、被告Bが被告Aを恐怖で支配し操縦したことによるものだが、判決は被告ABともに懲役3年執行猶予5年の同じ量刑。

 

被告Bは追い詰められ、被告Aの言いなりに行動するしかなく、判決でも被告Bが主導したことは認めつつも、被告Aは実家や姉との関係も良好で逃げることはできたと評価されていた。

 

他の事件でもよく見られるが、支配・操縦状態にある人は物理的に逃げられても、戻ることも多い。

 

支配・操縦された側の人間が、物理的に逃げることができるから、逃げる選択をしなかったことが罪として重くカウントされ、罪深い支配・操縦した側の人間の罪が軽くなるのが今の司法上での現状だ。

 

ここ数年だけでも「福岡・5歳児餓死事件」「埼玉・本庄5歳児虐待死」など、他人に恐怖で支配されてしまい大切な我が子を死に至らせてしまっている事件がある。これらの事件は結果として子供を死に至らしめてしまったためか、支配・操縦した側の量刑の方が重くなった。

 

子供が死に至るほど取り返しのつかない重大な結果にならないと、支配・操縦した側の方の量刑が重くならないのが現在の司法の現状なのだと思う。しかも子供を守るために被告らの名前は非公表となり被告にとっては逮捕されたとしても痛手が少ない。

 

恐怖や支配という形のない物を司法が判断するのは確かに難しいが、本当の悪人は、自分で手を下さず他人を使って自分のゆがんだ欲望を満たす人だ。

今の現状は、人を支配・操縦して自分のゆがんだ欲望を満たす人にとって好都合だ。

依存症治療の先に何かないと乗り越えられない

アルコール依存、薬物依存、クレプトマニア…

 

犯罪と依存症は密接に繋がりがある。

 

アルコールを摂取すること自体は違法でも何でもないが、アルコールが入ると犯罪をしてしまうという人がいる。アルコールを摂取するために酒を盗んでしまう人がいる。

 

アルコールさえ飲まなかったら普通の人だけれど、アルコールをやめることが出来ない、アルコールが無い状態が耐えられないのだ。

 

アルコールが薬物の場合はさらに深刻だ。摂取自体が犯罪になるし、摂取するのに多額のお金が必要になる。

 

薬物依存症であろう被告の裁判ではこのようなやりとりがある。

 

裁判長:「もう二度と薬物はやらないでくださいね。約束できますか?」

 

被告:「はい、できます」

 

お決まりのやり取りだ。

もう数え切れないほどこのやり取りを聞いた。

 

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先日、アルコール依存症でアルコールが入ると窃盗してしまう被告がいた。同種前科もある。

 

以前もアルコールをやめようとしたけれど、やめるだけではただつらい、その先に何もないからやめることが出来なかったと話していた。

 

「依存症は毎日やめ続ける、完全にやめられたという日は来ない」という言葉を何度か見聞きしたことがある。そもそもアルコールや薬物などで日々の苦痛を紛らわせていて依存症になるのだから、やめるのもつらいのは想像に難くない。

 

この被告が家族の協力を得て導き出した次の対策は、単に薬物をやめるのが目的なだけの施設ではなく、ウェルビーイング理論をベースにこれから自分の生きがいを持って幸せに生きられるようにすることを目標にしている施設に入って回復を目指すことだった。

 

薬物依存症をサポートする施設としてダルクが有名だけれど、確かにアルコールや薬物を辞めるのは依存症の人にとってつらいしやめ続けるのは報酬がなくて希望を見つけるのは難しい。

 

この被告からは、困難を乗り越えるには希望がないと出来ないし、その希望を見つけることが大切だということを学んだ。

参考▼ウェルビーイング

www.persol-group.co.jp

 

 

 

NHKスペシャル 追跡ルフィ事件を視聴してまたひとつ境界線について考察できた

NHKスペシャル 追跡ルフィ事件を視聴した。

 

www.nhk.jp

 

番組のタイトル通り、フィリピンから遠隔で犯罪指示をし、連続強盗を起こしているルフィ事件をフィリピンにまでも追跡した番組だ。

 

ルフィというハンドルネームは印象的で有名な事件だが、分かっていないことも多く、私たちがニュースで見聞きするのは包括的な情報ではない。

今回この番組を視聴して理解が深まった部分もあるので、番組を視聴して気になった部分をまとめておく。

 

・特殊詐欺の犯罪手法を応用した犯罪

首謀者が姿を見せず遠隔で闇バイトをあやつる特殊詐欺のノウハウを流用している。特殊詐欺自体はそのまま存在するが強盗まで幅を広げた形だ。


・非接触型犯罪

実行役は闇バイトとしてSNSからいくらでもリクルートできる。

犯罪ごとに、実行役を変え、実行役同士も基本的に面識がない物同士。

お金の受け渡しすら非面接で行われ、実行役が摘発されても、上部の首謀者が逃れることができるビジネス構造が確立されてしまっている。

 

・フィリピンで他の犯罪グループと緩くつながっている

フィリピンには、以前から闘鶏を取り仕切っているJPドラゴンという半グレグループも存在している。ルフィーグループとフィリピンで緩くつながっており、特殊犯罪に使用するリストの供給など手助けを行っている。最初ルフィを含めた幹部が捕まらなかったのもJPドラゴンの手助けがあったからだっだそうだ。

 

・半グレと暴力団の関係

日本で暴力団の締め出しがあるので、暴力団関係者はおのずと海外に行き場を求める。

実際、ルフィグループや、JPグループなど半グレグループは暴力団よりも資金力を持っているので、現状暴力団が半グレの下請け状態になっている。


・闇バイトの実態

闇バイトのリクルーターの証言。

SNSで闇バイトを募集する際、『一日5万円から10万円稼げます』などの文言が
一番刺さる。

楽して汗水たらしている姿見せても楽して金稼ぎたいやつには響かない。

だったら、SNSでロレックスしてバーキンだの持って着飾った人間が簡単にこれで稼ぎました、どうやって稼いだんだろうと思う。

そういうところからの誘導だなら完全に落ちてる。心理で。」

 

証言で怖かったのが「連絡くるやつ、ほぼやる」と言っていたこと。

 

SNSですぐにつながることも出来てしまう闇バイトだが、この証言を聞くと闇バイトの募集に連絡を取ってしまうかその前に踏ん張るかが大きな境界線だということが分かった。

 

この番組で、犯罪組織の境界線が薄くなり緩くつながって犯罪が複雑化していること、一方で捨て駒にされる闇バイトは連絡するかしないかが運命のはっきりした境界線であることが分かった。

再犯は口先の体(テイ)を一貫できなかった結果

先日、「外向きの一貫性、体(テイ)が大事」という内容の以下のブログで裁判傍聴の話が少し出てきたので裁判の中での体(テイ)について書く。

 

saize-lw.hatenablog.com

 

大抵の裁判には裁判長の説教パートというものがあって、裁判長と被告人が「スマホを盗むと被害者が困ると思いませんでしたか?」「思いました」「もう絶対に同じことをしないと言えますか?」「言えます」というようなやり取りをします。

この儀式を「本心では反省してなくても口頭なら何とでも言えるのに意味なくない?」と思うかもしれませんが、「実際には本心ではなく体を制御しようとしているのだ」と考えるとスッと腑に落ちます。「本心では反省していないが、外向きには反省した体で振る舞う前科者」と「本心では反省しているが、外向きには反省していない体で振る舞う前科者」では、社会への実害の多寡という観点からは明確に前者の方がいいのであって、外向きに反省のポーズを徹底させる口頭の詰問からはそういう圧力を肌で感じることができます。

 

上記引用部分でも言及されているように、裁判では

 

「反省してますか?」→「してます」

「もう二度とやりませんか?」→「もう二度とやりません」

 

というやり取りをもって、「被告人は反省しているので再犯の可能性もありません、裁判所には寛大な判決をお願いする」という流れはごく一般的だ。

 

ただ、口で反省していますと言って体(テイ)を一貫させることができるのは初犯だけだ。

裁判の中で再犯を防ぐことは大事な観点であるため、再犯時にも同じく口で「反省しています、もうしません」と言っても、「またやってしまったよね。口でもう二度とやりませんと言うだけでは信用できませんよ」となる。

 

そのため再犯時の裁判では「今回は初犯の時と異なるこういう理由があるため三度目はありません」と、初犯の時と異なる何かを提示することが必要なのだ。

だが、異なる何かを提示する準備を事前にしていないと感じる被告が多い。これは大事なポイントなはずだが、弁護士はこの辺りの指導をしないのかが疑問だ。

 

再犯時は、初犯時の口先の「反省しています。もうしませんという体(テイ)」が一貫できなかったのだから、初犯時と同じ反省の仕方でよいということでは、今度は裁判官が体(テイ)が一貫できなくなる。

 

何事もどんな体(テイ)で動いているのかの視点が大切である。

統一教会 NHKの番組「危険なささやき」を見て

統一教会の元信者の話、過去の裁判記録から勧誘の手口や信者の心の変遷を細かく辿ったNHK レギュラー番組への道「危険なささやき」を視聴した。

 

この番組のタイトルは最初「悪魔のささやき」だったそうだが、統一教会の抗議で「危険なささやき」に変更されたようだった。

抗議に屈したともいえるが、ここまで勧誘の手口などを詳細にTV番組にしたことは過去になかったらしく、番組が放映されただけでも大きな意味があったと思う。

 

www.nhk.jp

 

宗教にはまる心の変遷を詳しく知る機会はなかなかないため、とても興味深く視聴した。

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なんとなくモヤモヤとして気持ちを抱えながら働いていた証言者が入信したきっかけは、街で手相を見せてと声をかけれたことだった。そこから「人生の転換期だ」の言葉で背中を押され宗教にはまっていく。

 

それまで学校や就職など人生をすべて母親が決めていて、自立したいと思いつつも自分で決めてこなかった人生。統一教会に出会って「これだ!」とアドレナリンが出たという。

自分で選んでこなかった女性が、ここで「自分で入信を選択した」と思わされていたのだ。

 

入信後2年8ケ月間、風呂も週1-2回しか入ることができない状態で全国への資金集めでハンカチを売り続けた。神のものを買えば救われるという教えをひたすら実行し続ける毎日。そうしないと地獄に落ちると必死だった。

 

女性信者の周りも同じ環境なのでこの過酷な状況を疑問に思うこともなかったそうだ。大変だったけれど批判されることもなく、上から言われたことをひたすら頑張ればよいのでラクな面もあったそう。

 

のちに家族や周りの人の助けで洗脳が解けてきたが、地獄に落ちると言われていたのでまだ怖い気持ちは残っていると証言していた。

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勧誘の手口や統一教会の内情などが一般市民にも知るきっかけになったこの番組は国民にとってとても有意義になったとともに、私にとってはこの番組で自分で自分の人生を決めることの大切さと難しさを改めて考えるきっかけになった。

 

 

わたしがブログを書く理由

なぜ私が裁判傍聴をしているのかについては以前ここで書いている。

cocoronotomo.hatenablog.com

 

このブログを書いている理由も残しておこうと思う。最初は、数多く裁判傍聴をしているので自分の中だけでとどめておくのはもったいない、何か残しておきたいという理由からだった。

 

ただ、裁判を最初から最後まですべて傍聴するのは時間的に難しいし、仮にすべて傍聴したとしても事件の全容が分かるわけではない。

 

裁判をすべて傍聴すれば全部分かると思っている人もいると思うが、あくまでも裁判は手続きのため、手続き上関係ないと判断されれば深く追求しないのだ。

 

しかも、基本的には刑事裁判を傍聴しているので被害者がいるわけで、事件の詳細を語るとセンシティブなことに触れることもなる。ブログに何を書くかは気を遣うところだ。事件に関係ない傍聴人から何か言及されるのは、被告人被害者ともに歓迎はしないだろう。

 

そこで、このブログではニュースのように被告人の名前には極力触れず、見聞きした事件、傍聴した裁判をきっかけに知ったことや、調べたこと、考えたことなどを中心に書き残しておこうと思っている。

 

傍聴をすると、被告だけでなく登場人物にも「え!そんな人がいるのか」「こんな世界があったのか」と自分が見えている世界の狭さに驚かされることは多い。

 

また、事件事故に関連する人物には人間の嫌な部分を見ることになるが、その反面とうてい普通の人では成し遂げられない救いの手を差し伸べる「神」が出現しているのを見ることもある。

 

例えばこんな受刑者支援をされている人。

cocoronotomo.hatenablog.com

 

例えばこんな神ホスト。

cocoronotomo.hatenablog.com

 

ニュースで報道されるのは、逮捕時や初公判、判決くらいでよほど大きな事件でない限り簡単な事件の概要と懲役〇年など数字のみだ。

 

初公判と判決の日には多くいる記者もその他の審理についてはほとんど傍聴すらしない。記者はその事件全体を追う仕事ではないことがよく分かる。

 

ニュースで見聞きしても、ほとんどの事件は数日で忘れ去られる。

 

私はニュースで数秒見聞きした人よりは、その事件のことを深く考えたり、調べたり、その事件の周縁について傍聴により見てきたり、考えたりする。

 

その上で、私の頭から出したことがネット上で文章として残り、読んでくださった人が自分自身や社会や人間についてこういう考え方、見方があるのかもしれないと思ってくださればありがたい。

 

 

 

特別お題「わたしがブログを書く理由